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「版画」の世界 ~私の中の温故知新~

版画」といえば、小学校の授業や年賀状作りなど、誰もが一度は経験したことのある身近な表現ではなかったでしょうか? ところが大人になるにつれ、いつの間にか油絵や水彩画、日本画といった美術表現が中心となり、「版画」は馴染みの薄い存在になっていませんか? 
とはいうもの「葛飾北斎」「歌川広重」等々どこかできっと耳にしたことのある名前は、世界に冠たる「浮世絵」の巨匠としてあまりにも有名です。 この「浮世絵」こそが伝統的な木版画の極まった世界で、ヨーロッパ印象派の画家たちにも少なからず影響を与えたと云われています。まさに世界に誇る日本の美術表現の粋ともいえるでしょう。
油絵や水彩画、日本画などが絵の具を筆に付け、直に画面に描く「直接技法」に対して版画は「版」を介して「摺る」表現方法であり「間接技法」と呼ばれ、「版」には木版以外に銅版、石版、シルクスクリーン、紙など様々な技法があります。これらの材料や道具によって各々の特徴や趣の異なる繊細で豊かな表現世界を醸し出してくれるのが、まさしく「版画芸術の世界」なのです。

ギャラリーから望む八ヶ岳

〇作者プロフィール


・藤田 泉(ふじたいずみ) 1950年 静岡県菊川市出身
自動車用アルミホイールの設計エンジニアとしてサラリーマンをしながら版画制作を続ける。52歳でサラリーマンを早期退職し、版画家として独立。
<主な出品歴>
・国展 (東京・国立新美術館)
・青森版画大賞展 (青森)
・山本鼎版画大賞展 (長野)
・ロサンゼルスP.T.P国際交流世界大会 (アメリカ)
・CWAJ現代版画展 (東京)
・ワールド・アート・プリント・アンナーレ (ブルガリア)
・日仏現代国際美術展 (東京)
・大野城まどかぴあ版画ビエンナーレ (福岡) 他
 また、個展・グループ展を各地にて開催
<収蔵先>
ロサンゼルスカウンティ美術館、中国浙江省、静岡駿府博物館、島田市博物館 他
<現在>
・国画会会員・静岡県立美術館木版画インストラクター・版画教室「楽辿塾」主宰
・「ギャラリーツインバード」主宰 ・工房「ZumORIGINAL」代表

藤田さんご本人

〇幼少期について

小学生になるまで病弱だったこともあり、友達と走り回ったりする遊びが苦手でした。そのため漫画や絵本を読み漁ったり、壁やガラス窓、タンスに障子など家中にクレヨンで思い切り落描きをするのが大好きな、幼少期の毎日でした。そのおかげか何とか元気になった小学校生活では読み書きの苦労は、あまり無かったように記憶しています。毎月発行される「少年画報」「冒険王」「ぼくら」などが待ち切れずに隅々まで読み尽くし、やがて漫画家になろうと強く夢見た時もありました。

           幼少の頃              母が取っておいてくれた自作の漫画

〇版画に関する思い出 

・版画に関する思い出について、聞かせてください。

木版画として強く記憶しているのは、小学六年生の授業で、クラス全員が学校の裏手にある自転車屋さんに行き、自転車屋のおじさんがパンク修理する姿を、版画にしたことです。
おかげさまでその作品は学校選抜され、静岡市の児童会館に展示・表彰されました。
またある時、中学校の美術の時間でたまたま自分のスケッチブックに描いてあった父の会社のキュポラ(鉄を溶かす高温溶解炉設備)の絵を開いたところ、先生がこれを観て「うん! この絵を版画にしよう!!」と提案。15人編成の共同版画として制作。賞を戴いたことも印象に残る思い出です。これが学校生活では最後の版画との関わりだったと思います。

〇版画との歩み 

・社会人になってからの版画との関わりを教えてください。

高校生活の中で先輩や同級生、他校生とのサークル活動によって「詩や文章」で表現する事を知り「どうすれば自分の思いを伝えられるか?」を模索するようになり、絵とか詩、デザインを勉強したいという強い思いに駆られました。そんな思いのまま社会人となった23歳のある日、ふと本屋さんで「詩とメルヘン」という雑誌を見つけました。それは-やなせたかし責任編集―と書かれ、広告を一切載せないで著名な作家や画家、イラストレーター達の作品で構成された大判で画期的な「詩と文との画集」。惹きつけられるようにすぐさま購入。それは、これまで見たこともない品良く格調の高い大人の絵本のようでした。
そしてすっかり虜になった僕は無謀にも、これまで書き溜めた自分の「詩?」を思い切って何篇か投稿してみました。
すると、なんとその内の一編が採用、やなせたかしさんの挿絵が付けられ、掲載されたのです。まだ、あの「アンパンマン」が登場するずっと前でした。
そんなきっかけで、やがて静岡の同人誌グループに所属すると、当時放映中だった渥美清演ずるテレビドラマ「おもろい夫婦」(若き日の棟方志功が版画家として大成する姿をドラマ化したもの)に毎週釘付け。一気に触発され「よし、自分も版画をやってみよう!!」と見よう見まねで始めたところ、思いがけずその同人誌の表紙を版画で飾ることとなりました。

投稿した詩画集「詩とメルヘン」   やなせたかしさんの挿絵により、掲載された詩作品     
      

・藤田さんの師匠について聞かせていただけますか。 

その表紙作品がきっかけで、静岡県版画界の大先輩とのご縁を頂き「静岡県版画協会展」へのお誘いで初出品。「奨励賞」を戴きました。26歳にして版画の世界の入り口に立ったようでした。せっかくのご縁を頂いた先生に教えを乞おうとしたところ、先生は「藤田君、人に教わるとその人の作風から抜けるのが大変。だから、遠回りと思っても初めから自分の道を歩きなさい。」と…。3年後、さらなる高みを目指そうと棟方志功も所属した事のある「国展(国画会)」に挑戦!! 初出品し入選、上野の東京都美術館に展示されることとなりました。30歳目前にして自己流、独学版画の本格的なスタート。それは、二足の草鞋を履く始まりでもありました。以来、今は亡き先生の言葉は「座右の銘」となっています。

大先輩の先生がコメントしてくれた表紙の原画
「木塊神」79.5×44.6cm 1976年第41回静岡県版画協会展受賞作

〇制作活動と仕事の両立について

・何が藤田さんの支えとなったのでしょうか。

サラリーマンは、一つの大きな社会の一部ですので様々な人間関係の中で、責任を全うしなければなりません。多忙な仕事に厳しい時間のやりくり等大変な毎日が続きます。
が、一歩会社を離れれば自分の個展やグループ展、公募展などの締め切りや納期が待っており、無我夢中で自分を制作へと没頭させていきます。そんな二足の草鞋の続く目一杯な生活に、やがて仕事も版画制作もパンク状態となり、心身共に体調を崩してしまい「もう版画を止めよう!!」と決意したものでした。そんなある時、ふと訪ねた個展会場で「藤田君、僕も同じ経験をして苦しかった時期が随分有ったよ!! 作り手は皆同じだよ…。」と、版画家の先輩が語ってくれ、その一言が張り詰めていた自分を、そっと救ってくれました。それでもなお続けようとする心の源はやっぱり「作品で表現する」事が、何より「好きであること」でしょうか。そしてさらに一番有難かった支えは、両親はもとより職場の仲間や上司、同級生や友人達が自分の作品活動を認めてくれ、応援してくれたことでした。

40代の藤田さん-職場にて-

〇作品へ込める思い

・創作活動においてこだわっていることは何ですか?

言葉にするのは大変難しいのですが、一言でいえば「生命」でしょうか。それはただ単に「人の生命の成り立ち」のみならず、地球~宇宙に至るまでのあらゆる生命の存在が「謎」であり「不思議」でもあり「今、生きている」事への「永遠の問いかけ」のような気がするからです。その答えを求め続ける限り、版画制作も永遠に続くのだろうと思っています。

「羅針・Ⅱ」38cm×65cm 2002年CWAJ現代版画展(東京・麻布)
「自芽・Ⅰ」  22×14.5cm 2013年(自芽シリーズ)

〇作品制作で難しいところ

・制作過程で一番大変な作業は何でしょうか。

大げさのようですが、作品を制作するに当たっては根底に、形の無いこだわりのテーマや想いがあり、その上で作品の「不変性」や、これまでに存在しなかった「唯一無二の世界」をどう色や形に表現していくかだと思います。それは一見静かな中にも実は目まぐるしく駆け巡る頭の中で展開し、求め続けるインスピレーションの世界です。が、結局のところ普段の何気ない日常生活の中で、色々な事への感性をどれだけ豊かに持ち続けるかが、一番大切な「創造の一歩」ではないでしょうか。

「針路/標」Direction/Mark   58×88cm    2022年 第96回国展(東京・国立新美術館)

〇移住の理由

・移住の理由を聞かせていただけますか。

山梨県出身の妻と出会ったことが縁で、2016年に移住しました。生まれ育った静岡で両親を送り、人生の一区切りとなった事を機に思い切って決断しました。住んでいた静岡とは全く違う気候ですが、亡き父も大好きだった山々の八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳、富士山を真近に眺望できる素晴らしい景観。加えてリゾート地特有のオシャレな施設に、美術館、ギャラリー、工房など多彩で身近な物作り環境の存在が、集中力や刺激を高めてくれています。
これまで何度か北杜市内で個展を開かせて頂きましたが、新たに色々な方々のご縁や応援を戴き、本当に感謝しております。

〇今後の活動について

・どんな活動をしていきたいと思っていますか。

2022年に、妻と二人で目標にしていた自分たちのギャラリーを開くことが出来ました。残念ながら北杜市内に立地が見つからず、お隣の富士見町となりましたが、小淵沢とはほぼ同じ生活圏内であり、双方の利点を生かした活動拠点になればと思っています。
まずは地域への感謝を込めて、ギャラリーが「サロン的な癒しと一人一人の出会いを大切にする場」として気軽な立ち寄りの空間になってくれることを望んでいます。
その上で、「版画に親しみ、楽しんでもらえて、伝えていく」ことを実践出来ればと考えています。

ギャラリーツインバード(長野県富士見町)
ギャラリーツインバード内サロン

北杜市ふるさと納税では、藤田さんの版画作品(デジタルプリント)のカレンダーをお取り扱いしています。版画の制作工程等も掲載しておりますので、是非この機会にサイトを覗いてみてください。

https://www.furusato-tax.jp/product/detail/19209/6085570